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3月, 2018の投稿を表示しています

日程

1日目(3/11)自宅→成田空港→バンコク スワンナプーム国際空港 2日目(3/12)バンコク スワンナプーム国際空港→ネパール カトマンズ トリブバン空港→友人宅 3日目(3/13)バクタブル ナガラコット 4日目(3/14)キルティプル 5日目(3/15)ダルバール広場 曼荼羅購入ぼったくられる 6日目(3/16)小旅行1日目 チトワン国立公園 7日目(3/17)小旅行2日目 ルンビニ 食あたり 嘔吐 8日目(3/18)小旅行3日目 カトマンズ ダウン 9日目(3/19)ベッド 10日目(3/20)ベッド 11日目(3/21)ベッド 12日目(3/22)小康状態 パタン 13日目(3/23)小康状態 14日目(3/24)回復 国立博物館 軍事博物館見学 土産購入 財布ロスト 15日目(3/25)捜索 警察署 小物土産購入 16日目(3/26)警察署 17日目(3/27)ククリもらう カトマンズ トリブバン空港→バンコク スワンナプーム国際空港 18日目(3/28)→自宅

更新できず

ここのところブログの更新が途絶えているのは、食あたりによって体力を奪われているためです。 安静にしてても治らず、辛い…

チトワン国立公園まで

今日はチトワン国立公園に行ってきた。カトマンズから南西に位置するこの場所は様々な野生動物が生息していて、政府が保護区に指定している。 ネパールの人々の朝は早い。5時頃から街が動き出している感じだ。6時頃になると街中の車の数は昼ほどではないにせよ多い。観光客はさすがにまだ動き出していないが、大型バスは道端でスタンバイしている。時間になったら観光客を乗せて観光地へ向かうのだろう。 僕と友人はドライバーを雇い普通車で向かうことにしていた。チトワンまでは予定で5時間だと聞いていた。しかし、3年前の大地震でダメージを受けた山道を敷き直している工事があり、ところどころで一車線となり渋滞が発生していた。 前回の記事でネパールの交通事情はいかに危険なのかを書いたが、書き足すことがある。ネパールには車線はあってもないようなものである。車線は引いてあるのだが、片側二車線の道路に3台目が抜きにかかったりする。今日は反対車線の車が前の車に追い抜くために中央分離帯を超えて反対の車線を走っていた。日本で言えば逆走しているのだが、ほとんど混乱は生じていなかったのはさすがであった。 首都のカトマンズ市内の道であっても道路は凸凹で修繕されていない。車はできるだけその凸凹を避けるが、避けきれない場合もある。その時は車はできるだけ減速して揺れを小さめに抑える。カトマンズからチトワン方面へ向かう道も凸凹加減が酷かった。 3車線ほどの道幅の道路でも凸凹が道を塞いでいるような箇所はたくさんあった。その際にも渋滞が発生する。 道路の凸凹で車が揺れたり、前の車を追い抜くためにスピードを上げたり下げたり、車酔いとなる条件はたくさんあったが、無事に何事もなくチトワンに着くことができた。

ネパール交通事情

トリプバン空港に到着した後、arrivalVisaを取得する手続きをしている最中、停電が起きた。一瞬にして真っ昼間の空港が真っ暗になる。ネパールでは電気が不安定で時々停電が起きるとの話には聞いていたが、知らない場所で遭遇すると焦る。 停電の経験は小学生のころ台風が来た際に起きたくらいしかなく、何もない晴天の昼間に起きるとは思わなかった。 30秒くらいすると電気が点き、何事もなかったように諸々の手続きが再開する。臨機応変というか、これくらいのことを気にしていたら何も進まないのだろう。 空港には友人が迎えに来ていた。こちらは諸々の手続きで時間を食っていたからだいぶん待たせてしまったが無事に再会できた。友人の手配した車に乗って、カトマンズ市内に入った。 市内は車やバイクの往来は激しい。激しい割に信号がほとんどない。日本の支援によって信号機が設置されているが点灯していない為、大きな交差点では警官が交通誘導をしている。聞けば設置当初は信号を活用しようとしていたらしいが、信号を守ることが根付かず断念したようだとのこと。 そんな状況で事故は多く起こっているようだ。ネパールの場合、事故の被害者が死んでいるより後遺症を持つ方が賠償金が高くなるらしい。そのため、事故を起こしたドライバーは被害者の状況を確認して、生きていたら再度ひきに戻ってくる。その為、自分が事故にあったら重症であっても安全な場所に逃げないといけない。そんな話を聞いた。 車やバイクの往来の激しさに関わらず、人々は道路を横断する。横断歩道などあってないようなもので、続々と通っている車やバイクの間をすり抜けるように人々はそろりそろりと横断していく。横断している人がいても車やバイクはあまりスピードを緩めない。人にぶつからないように避けて運転するのだ。だから、こちらがいきなり走り抜けようとすると却って危ない。そう分かっていてもついつい走り出したくなり、気持ちを抑えなければならない。道路を横断するのは割と恐怖を感じ緊張する。できることなら横断したくはないが、しなければならない状況は結構ある。コツとしては、団体で横断する人たちの後についていく。これはかなり安全であると言える。 さきほど意を決して一人で道路を横断してみたが怖かった。この国では決断しなければ道の向こう側にすら行けない。

カトマンズ 飛行機事故

バンコクから乗った飛行機ではひたすら寝た。今回は到着後の耳に気圧変化の影響が出ないように、耳栓をしていた。これは功を奏し、到着後の耳は問題なかった。 僕は眠っていたので何も知らなかったが、乗っていた飛行機が着陸態勢に入った頃、大きな事故が起きていた。バングラディッシュの飛行機がカトマンズの飛行場近くのサッカーグラウンドに墜落したのだ。 71人の乗客のうち、49人の死亡が確認されたとの報道があった。墜落した飛行機はバングラディッシュの航空会社でプロペラ機だった。 ネパール唯一の国際空港である、トリブバン空港は住宅地が近接密集している空港で開けているサッカーグラウンドに落ちたのは奇跡的なことでもある。住宅地に落ちればとても大きな被害になったと思われる。 到着後に事故のことを知った。空港で待っていた友人によると、僕の便は15分早く到着する予定だったらしいのだが、事故による滑走路全面閉鎖によって当初予定から45分後の到着になった。

出発からバンコクまで

長い2日が終わった。自宅から成田空港まで行き、バンコク経由でカトマンズへ。文章で書いたら一文で表されるが、緊張し通しで疲れとても長く感じた。 成田空港で搭乗手続きを行うべく列に並んでいた。すると搭乗予定のタイ国際航空の職員から声をかけられ、機材トラブルによりJAL便に変更してもらえるかと聞かれた。航空会社を変更することもJALで渡航することも滅多にない経験で面白そうだから僕は変更することにした。 変更してみたものの特段面白いほどのことはなかった。むしろ面倒なことが多かったので、今後は必要がなければ変更しないことにする。 バンコクまでの機内ではあまり寝ておらず、映画を観ていた。「シェイプオブウォーター」と「スリービルボード」。 機内食はとくに美味しいものではなかった。ジュースにコーヒーとビールを頼んだ。 バンコクのスワンナプーム空港に到着後、まずどこに行けばいいのか分からない。予定通りにタイ国際航空で乗り継ぎをしていたならば次の出発ゲートに向かえばいいのだが、荷物を引き取らなければならなくなったのだ。その為にはimmigration officeで入国審査を受けなければならない。そんなことがよく分かっておらず、行ったり来たりを繰り返し時間をくってしまった。この空港はとても広いので、行ったり来たりするだけでも結構な時間がかかる。 入国審査では簡単な質問に答えなければいけないが、機内の気圧変化によって耳がおかしくなっていた僕は相手が何を言っているのかほとんど分からないのだ。かろうじて聞き取れた単語から推測して答えた。 審査カードにtransitと記載しているので、相手は「どこに行くんだ?」と聞いてきた。 僕は「カトマンズ」と答えると相手は納得せず繰り返し何かを聞いてくる。countryという単語が聞こえたのでJAPANと答えたが違うらしい。どうやら「カトマンズ」は都市名で「ネパール」という国名を言えということだったようだ。 ここで精根尽き果てた。 ひとまずのどが渇いていたのでファミリーマートで水を買った。クレジットカードを使いたかったが水野ペットボトル一本の料金では使わせてくれず、近くのmoney exchangeで5000円分をタイの通貨バーツに交換して、水を買った。 バーガーキングで食事をして時間を潰していたが、一刻も早くこの国を...

スワンナプーム空港

バンコクのスワンナプーム空港で乗り換え便を待っている。 あと10時間待つ。成田空港ではチェックイン機でのエラー、機材トラブルでのJAL便にへの変更、スワンナプーム空港で道に迷う。入国審査官の言うことが気圧の影響で殆ど聞こえずなど大変だった。

出発準備

8年ぶりの海外旅行だから、荷物の準備に手間取ってしまった。 旅先で何が必要で、何が不要なのか手探りで判断する。今回は友人宅に滞在するから自分の荷物はなるべく減らして、お土産や日本から持ってきてほしいと友人に頼まれた物品がトランクケースの大部分を占めた。 ...